社長江﨑和明から若手従業員のW君へ宛てたメッセージ。
経営者は新聞配達の仕事をこのように考え、従業員と共有しようとしています。
前略。
旅行の宴会は楽しかった。少しあのときのお説教の続きをしようか。
君の不着(新聞の届けミス)が多いことは本当に問題だ。具体的な指導はリーダーや本部経由で行うとして、僕はここで、お客様への「愛情」や「想像力」といったものを君に問いたい。
マンションのドアポストの向こう側、取り出す側のお客様が君には見えているだろうか。たとえば子供のサッカー大会の記事を心待ちにしている親がポストを開けてみたら新聞がない。あるいは仕事で今確認できるかどうかで何千万円の売上がかかっている記事を、読もうとしたら別の新聞が入っていた、とか。極端な例をあげているのではないよ。そうして、朝夕の新聞を読んで、人は喜んだり悲しんだり、怒ったり、安堵の胸をなでおろしたりする。
いいかい、新聞を届けるということは、だから、喜びや悲しみを届けるということなんだ。ナベカマを売っているのとは違う、ただのモノを届けるのとは違うんだ。
人の喜びを自分のことのように喜び、人の悲しみを自分のことのように悲しむ、そういう力を愛情という。君に、新聞を読んでくれる人への愛情は、あるか。ポストの向こう側を感じる想像力はあるか。
不着誤配は集中力の問題ではない。その前に、お客様への愛情と想像力の問題なんだ。鉄の扉の冷たいポストに配るのではなく、その向こう側の、暖かい人の心に向かって新聞を配る、こうした気持ちがあれば部屋番号は絶対に間違えないものだ。君がこの仕事を「なめている」と僕が怒るのは、そういう意味だ。
人はひとりで生きているわけではない。新聞を届けることでもっともっと人とのつながりを想像して、確認して、人間的にも成長できたら、この仕事は君にとって素敵なものになるだろう。がんばってください。
早々