勝田 友巳

芸術の秋 スクリーンの向こうに 映画の楽しみ方

勝田 友巳 氏

毎日新聞 東京学芸部長

1965年生まれ、北海道大卒。1990年毎日新聞社入社、松本、長野両支局などを経て学芸部。映画を長く担当し、カンヌ、ベネチア、ベルリンなど国際映画祭取材も多数。編著に女優、香川京子さんの聞き書き「愛すればこそ スクリーンの向こうから」。

日本の映画動員は年間1.7億人。

 私は毎日新聞の金曜日夕刊「シネマの週末」で映画評を書いたり、監督や俳優から聞いた話を記事にまとめたり、世界の映画祭を取材したり、20年ほど映画を担当しています。そのなかで思ったことや観ていただきたい映画のお話をします。

 今、日本で年間に映画を観る人は約1億7,000万人。ここ何年も微増していますが、一番多い1958年は10億人。当時は一人が年10本観る計算です。それが今は一人1本ちょっと。映画館になかなか足を運べない人もいますから、実際には約4,000万の人たちが年に3回ほど観に行く状況です。

 映画の記者は、たくさん観ないと仕事になりません。とは言え、国内で公開される映画は年間約1,200本あり、すべては観ることができません。多い時で年に300本弱、最近は150本ほど、配給会社の試写や映画館に足を運びます。長年の経験の勘が働くのか、その年に話題になったり賞レースに残る作品はだいたい観ています。
 しかし映画は良い悪いだけでなくヒットすることが大切で、その予測は難しい。当たると思ったらダメだったり、逆の予想が大ヒットしたり。映画業界の人たちも最近は何が当たるか分からないと言います。
 その例を、いくつか見てみましょう。

誰も予想できなかった、大化けした映画『カメラを止めるな』。

 当たるか当たらないか分からない、その代表例が昨年大化けした『カメラを止めるな!』。
 作った人たちもヒットするとは思っていなくて、予算もないから宣伝も試写もほとんどせず、当初は都内3館ぐらいの上映。ところが評判が伝わってきて、私も試写に行ったら確かにおもしろい。ここで予告編をご覧いただきましょう。 

(予告編上映)

 ゾンビ映画を撮っている人たちがゾンビに襲われるという映画を作る人たちの映画です。
 最初の37分間は、ゾンビ映画のスタッフと出演者がゾンビになってしまうというゾンビ映画です。ワンカットといって、カメラをずっと回し続けて一気に撮影しているので勢いはありますが、安っぽくてできはあまりよくありません。「何だ、これは」と思っていたら、後半で、じつはその映画を作っている人たちの物語だったと分かります。前半の37分間が伏線で、それらが後になってパズルのピースのようにはまっていく。映画作りに夢中になる人たちのモノ作りのドラマでもあって、どんどんおもしろくなります。
 ただし低予算だから素人っぽさがあり、当たるかな、と思っていたら連日満員。さらに配給会社が目をつけて上映が全国に拡大し、最終的には30億円を超えるヒットとなりました。毎年数100本の映画を20年間観てきた私も、こんな大化けした映画は初めてです。

 背景にはSNSの力がありました。おもしろいよという評判が次々に拡散しました。何度も観たという人がたくさんいたようです。今の若い人にとっては、映画を観に行くというより、「ヒットしている、騒ぎが起きてる場所に参加する」感覚なのかもしれません。「おもしろい」と言っている人たちが多い所に行ってみたくて、実際行ってみたらおもしろくて、人にも勧める。そんな流れが重なっていったのです。

戦略的な話題作りを徹底しても、当たらないケースも。

 ただし話題作りに成功してもヒットするとは限りません。たとえば今年上映された『麻雀放浪記2020』は戦略的に話題を発信しました。
 同じ原作を元に、先日亡くなられた和田誠さんが監督をした『麻雀放浪記』という良い映画があり、その再映画化というのが話題の一つ。「過激な内容の問題作」とあおり、マスコミ向けの試写もあえて最小限にしています。

(予告編上映)

 予告も分かりにくく作ってますよね。物語は、斎藤工さん演じる学生風の男が終戦直後の日本から2020年の日本にタイムスリップし、東京で賭け麻雀にのめりこんでいくという内容です。
 公開直前には、斎藤工さんが舞台挨拶で「国会議員の横槍が入って上映中止になるかも」と発言して物議をかもし、さらに出演者の覚醒剤騒動が起きました。これに対して配給会社の社長が「それに関係なく作品として公開する」と言ったことなども大きく報じられています。これほど話題作りのネタが多かった映画は珍しく、マーケティングは成功だったと思います。
 ところが、まったく当たりませんでした。作品としての出来が今ひとつだったことが最大の理由と思います。マーケティングだけでは当たらないという、『カメラを止めるな!』とは対照的な事例です。

政治ネタでもヒットすると証明した『新聞記者』。

 次に『新聞記者』という映画の予告編です。

(予告編上映)

 「新聞記者のスクープが政権の不正を暴く」という、今の日本の映画界がやりたがらない政治ネタです。
 1950、60年代は政治を扱って「こんなことを許していいのか」と世に問う映画が多かったんです。しかし今は観客が観たがらないと映画界では思われていて、その手の映画はスポンサーも集まらない、変な横槍が入るかも、といった心配が先回りすることもあって、すっかり減ってしまいました。

 「それなら俺がつくる」と映画プロデューサーの河村光庸さんという方が立ち上がってできた作品です。
 しかし「政治的な映画に出るとCMに起用されない、イメージが傷付く」と事務所が気にすることもあり、女優さんがなかなか決まらなかったそうです。主演の女性新聞記者はシム・ウンギョンさんで、日本映画の出演経験が2本目の韓国の女優さんです。日本語を勉強し、日本人役で日本語のセリフ。たどたどしい部分もあるけれど役者としては力があり、熱演しました。毎日映画コンクールで女優助演賞を受賞しました。男優の松坂桃李さんは出演を快諾したそうです。

 安倍政権を巡る実際の問題や事件が、それを思わせる内容で引用されている挑戦的かつ意欲的な映画ですが、正直言うと、作品としての出来はもうちょっと。誇張しすぎてリアリティーに欠けるきらいがあった。当たればいいけど、どうなるかと思って公開を迎えたらヒットしました。『カメラを止めるな!』ほどではありませんが、興業収入が約5億円ですから、500万人が観た計算になります。
 今の政治状況を「おかしい」と思う人がたくさんいて、その人たちから評判が伝わった。社会ネタを観たがっている観客がいるし、映画が社会の不満を代弁できれば、観てもらえると映画界も分かったと思います。

感動させつつ、考えさせる。世界にはそんな社会派映画が多い。

 福島の原発事故を再現した『Fukushima 50』は、スケールが大きく有名俳優も多数出ています。

(予告編上映)

 3.11で福島第一原発が停止してから数日間、原発にとどまって被害を食い止めようとした人たちを描いています。
 昨今の映画の主な出資者であるテレビ局は、電力会社も自分たちのスポンサーのひとつのため、この手の映画にお金を出しませんが、KADOKAWAという大きなメディア関連会社がそれでもやると、大きな制作費をかけました。

 同社は日航機の墜落事故をモデルにした『沈まぬ太陽』を手掛けるなど、10年に1本ペースで社会派の映画を作っています。
 原発事故をスケール大きく現実に近づけて再現していて、迫力もあるし当時の危機的状況もリアルに伝わる。これだけのことができるんだと感心しました。もっとも、原発の危険性を描いているから、この映画のオチは「原発を見直そう」だと思ったらちょっと違う。そこは意外でしたが、関係者は「観た後で、観客の皆さんに考えてもらうようにしました」と言っていました。

 欧米では社会ネタの映画がもっと多い。日々ニュースになる難民問題、テロ、人種差別、社会格差などを物語に取り込み、観客を感動させつつ、考えさせる。それが映画なのだと位置づけられている気がしています。
 韓国もそう。日本で公開される映画の約半数は外国映画で、アメリカに次いで多いのがイギリスと、じつは韓国です。韓国の映画はあまり目立ちませんが、おもしろい映画がいっぱいあります。
 韓国映画の制作本数は日本よりやや少なめ、本国の観客数は同じくらいですが、人口が日本の1/3ですから、一人が映画を観る本数は日本より断然多い。映画が好きな国です。

実際の弾圧事件を描く、韓国映画『タクシー運転手』。

 昔の韓国映画は下火で、日本の映画を勝手にリメイクしたりした時期もありましたが、若い映画人たちがアメリカで勉強して戻り、それまでとは違う体質の映画会社がいっぱい立ち上がりました。
 同時に政府が補助金を出すなど映画振興にすごく力を入れ、作品がどんどんおもしろくなっていきます。しかも南北問題や独裁政権時代に起きた弾圧事件など社会ネタを積極的に取り入れています。
 昨年公開され、おもしろいと評判になった『タクシー運転手』を観てみましょう。

(予告編試写)

 実際の光州事件を題材にしています。報道されないため何も知らない陽気なタクシー運転手が、外国特派員を乗せて光州へ。笑いを交えながら物語は進み、光州に着くと独裁政権による弾圧が見えてきて、運転手も当事者意識を持っていく……。
 「何が起きるか分からない世の中を、我々は生きている」というメッセージを、さりげなく込めています。日本でもこんな映画を作れるといいのにと思えるような、うらやましいくらいおもしろい映画が、韓国にはたくさんあるのです。

映画館に行く人が増えれば、映画は社会を変える力になる。

 『国際市場で逢いましょう』も、実際にあった事件をモデルにしています。

(予告編試写)

 国際市場という小さな商店街に店を構えているお父さんが経験してきた波乱万丈の人生。それは韓国の歴史でもあり、「よく生きてきたね」と泣けるんです。こんな映画が今の韓国では次々と製作され、日本でも公開されています。
 不安定な日韓関係が、せっかくの映画をめぐるいい関係に飛び火しないように、私は見守っています。

 一方で映画には、政治の壁を突き抜ける力があります。先日、韓国の国際映画祭で日本の是枝裕和監督が賞を取りました。映画には日韓の情勢は影響しないのです。逆に、映画を通して日韓関係の改善を訴えるメッセージを流してくれてもいるようです。

 日本にも韓国より大きな世界有数の規模の映画祭があり、世界中からジャーナリストや映画関係者が集まります。日韓関係改善のアピールもできると思いますが、なぜか日本の映画界はそうしたことに関与できない。
 映画界だけではなく社会全体が政治的メッセージを送ることに、および腰になっているのが日本の社会の空気だとしたら、残念なことです。
 映画、そして映画界が力を持つには、皆さんが映画をご覧になること。ぜひ映画館に足を運んでいただければと思います。

さらに、こんなおもしろい映画も。

 『国家が破産する日』も韓国映画。ウォンが暴落し、IMFから資金援助を受けたときのお話です。

(予告編試写)

 およそ20年前の話で関係者が存命な上、要職に就いている人たちが実名で出てきますが、誰も文句を言わない。韓国では変な忖度なしに映画が作れます。アクション性もあり、おもしろい映画です。

 『エイス・グレード』はアメリカ映画です。日本でも話題になる中二病。この時期に自分の悩みしか見えなくなるのはアメリカも同じだと分かる、かわいらしい映画です。

(予告編試写)

 この映画は社会派ではありません。ちょっと痛い青春映画です。
 もっと人気が出ていいのに認めてもらえない悔しさをもつ女の子が、自分の殻を破ろうと奮闘していきます。同じ世代のお子さんがいる方も楽しめ、共感できる映画です。

 次は、日本の是枝裕和監督が撮ったフランス映画の『真実』。カトリーヌ・ドヌーヴとジュリエット・ビノシュという世界的なフランスの大女優2人が共演しています。

(予告編試写)

 カトリーヌ・ドヌーヴは、実際の自分と同じような大女優を演じています。娘のジュリエット・ビノシュは、女優の仕事ばかりしてきた母にわだかまりを持っています。母と娘の間にある感情など、普遍的な家族の問題を考えさせる映画です。

世界的に高い評価を受ける、是枝裕和監督の作品。

 今、50代ちょっとの是枝さんは、現在の日本で一番力のある監督だと思います。この映画は初めて外国で撮り、おそらく扱いの難しい二人の女優を自由に演じさせながら、自分の映画にしっかりと取り込んでいる。二人の演技も大変に素晴らしいのですが、それを自分の映画にしている是枝さんの実力は相当なものです。

 初期作品では、セリフが少なく、動きもなく、演出を最小限にして役者を素のままで演じさせ、そこから本質を引き出すような演出をしていました。
 ですから難しい映画が多かったのですが、そのなかに物語と自分の問題意識を上手に折り込んでいき、人間の洞察が鋭く深いため、やがて海外で評判になっていきます。

 その頃の日本の映画界は、一番低調な時期で制作本数も少ない。ただ映画を作ろうとする人たちは大勢いて、海外の映画祭へ積極的に出品しました。是枝さんもベネチア国際映画祭で賞を取り、世界で一番大きな映画祭のカンヌ国際映画祭にも出て、世界で少しずつ知られていったのです。
 そして『誰も知らない』で、主演の柳楽優弥くんがカンヌの最優秀主演男優賞を取り、是枝さん自身も飛躍のきっかけになりました。

 この頃から分かりやすくておもしろい映画を撮るようになり、『歩いても 歩いても』や『海街diary』など、有名な俳優さんを使ってヒットさせる力も付けていきます。
 その集大成が、『万引き家族』。ご存じのようにカンヌで一番大きな賞、パルムドールを受賞しました。
 本当は家族じゃない他人が寄り集まって万引きで生計を立てる物語。日本の格差社会や貧困問題、家族のつながりなどを、ささやくように描きました。おもしろく、興業的にも大成功でした。
 優れた映画を撮る監督として、是枝さんは、今一番のっている監督だと思います。

注目の若手、深田晃司監督の『よこがお』。
こうした作品にも目を向け、日本の映画文化をもっと豊かに。

 最後に、私が注目している若い監督、深田晃司さんの『よこがお』を紹介します。

(予告編試写)

 予告だとサイコスリラーみたいですが、そんなに激しい映画ではありません。
 筒井真理子さん演じる訪問介護士が担当している家の子が誘拐されます。その子は1週間経って無傷で戻り犯人も捕まりますが、じつは犯人は訪問介護士の甥っ子でした。それを訪問介護士は、訪問先の家族らに言えない。隠すつもりはなく、言いそびれちゃう。罪の意識を持ちながら訪問介護を続けるもその事実がばれてしまう。家族との交際もできなくなり、週刊誌のネタにもなり、彼女の周りで自分の意図しない悪評を立てられどんどん追い込まれてしまう…‥という映画です。

 深田晃司監督は、常に社会を見ながら映画を撮っています。この映画でも、今の日本を覆う、ちょっとした悪意で人の足を引っ張るような、誰もが持つ闇に目を向けています。
 ただし嫌な感じではなく、「人間は多面的で複雑な感情を持って人として成り立っている」というメッセージが、大人の地味なドラマのなかでよく描かれています。

 深田さんはまだあまり知られていません。しかし「なるほど、こういう映画があるんだ」と思わせる作品を次々と作ってくれます。
 こういう監督さんを応援しないと、日本の映画は痩せてしまう。楽しいだけでなく、観た後に、ちょっと考えさせる映画もあった方が、文化として豊かになる。
 皆さんも派手な映画を楽しみつつ、ときには足の向きにくい映画にも、目を向けてみてください。