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国技100年 大相撲の行方


2020年09月12日

上鵜瀬浄 氏

宇都宮支局長

1990年入社。スポーツ担当編集委員。運動部で23年間スポーツ取材に携わる間、若・貴フィーバー全盛の1998年から21年間、大相撲を担当。横綱7人の誕生を取材した一方で、時津風部屋力士暴行死や力士大麻所持、野球とばくの各事件に加え、本紙が新聞協会賞を獲得した11年八百長問題でも取材チームに加わった。

 

無観客で行われた春場所、新型コロナウイルス感染対策に追われる協会

講演1

秋場所は、七月場所と同じように、2週間の長丁場の戦いを4分の1の観客で開催することになりました。旧両国国技館ができた1909年に、現在の優勝制度ができ、2020年で111年になります。本当は秋場所が500場所目になる区切りの場所でしたが、五月場所が中止になり、11月に両国で開催される十一月場所が500場所目となります。

春場所は無観客で行われました。三密を避けるため、向こう正面の解説席は特設ボックスが設けられました。白鵬が優勝しましたが、普段の千秋楽なら、相撲をとった力士は部屋のパーティーがあり、どんどん帰りますが、パーティーなどは自粛の状態で一切行われず、千秋楽は協会の指示で、特殊な表彰式になり、力士は全員残されました。

土俵

取材も4、5メートル離して、ミックスゾーンをつくって対応していたのですが、これも春場所までで、七月場所はパソコンを通じてのZoom会見になりました。

報道をご覧になってご存じだと思いますが、高田川部屋に所属していた勝武士、山梨出身の力士、関取にはなれませんでしたが、巡業で初っ切りを演じた人気のある力士が亡くなりました。高田川部屋では、師匠と十両の白鷹山ら6人も新型コロナウイルスに感染し、その後、幕下以下の力士が1人も感染しました。それから松ヶ根親方も感染しました。

時津風親方も、新型コロナに感染していないのですが、ガイドラインに反する行為があったため、秋場所の謹慎が決まりました。協会は、感染するかもしれないという恐れ、可能性を徹底的に排除しています。

阿炎は、場所中に接待を伴う飲食店に何度も行っていたことで、先場所の休場を自主休場に含めず、3場所連続謹慎休場処分されました。今場所は幕内の下位、来場所は十両の下位になります。全休すると一段落ちますので、来年の初場所が、幕下の十枚目ぐらいまで落ちます。ここで全休すると、今度、幕下の五十枚目から六十枚目ぐらいになってしまいます。

休場措置になった力士たちには何らかの救済措置を

新型コロナウイルス

玉ノ井部屋で19人の新型コロナウイルスの感染が起こり、クラスターと認定されました。私も何度かこの部屋に行ったことがあるのですが、1階は、玄関を入って左側が土俵で、右側には事務室があります。2階は大部屋で、力士の大半がここで生活しています。

コロナにかからないように協会は徹底して指導をしてきましたが、集団生活で、恐れていたことが起きてしまいました。師匠の元大関・栃東は陰性でしたが、十両の富士東は感染しました。

玉ノ井部屋は力士が28人います。これは、佐渡ヶ獄部屋、木瀬部屋についで、角界では3位になる大所帯で、行司や呼び出しも多く、巡業の設営をする世話人もいます。あわせて30人の協会員がいるなか、力士は全員休場。親方も休場という措置がとられました。

休場の措置をとると、一段落ちてしまいます。十両の東龍は七枚目、富士東は十三枚目になり、2人とも幕下に確実に落ちてしまいます。白石は、勝ち越しや7戦全勝をすると十両に上がれる位置にいましたが、阿炎と同じ扱いの休場で落ちるのは、心情的にどうなんだろうか。

コロナにかかったから、みんな落ちるのかという意見もあります。協会は、何らかのかたちも取らなきゃいけないと言い、秋場所後に番付で救済措置を取りました。今後、特殊な事情で休まざるを得なくなった場合、そこに番付をとどめる例になると思います。

4月、日本相撲協会は芝田山広報部長と理事長が出席して記者会見をしました。このとき、名古屋場所、九州場所を東京で行うこと、五月場所、ふだんの夏場所中止、それから今年いっぱい巡業はやらないと発表しました。

4月の段階から、人と人との間隔をあけ、会見はしましたが、4月3日以降、協会はこういった会見をせず、全てZoomです。とにかく、外部の人と接触しないことを徹底し、接触しても三密にならないように徹底しています。われわれとしては、取材が難しい状況です。

人気力士は共同で会見を行いますが、独自の視点で取材をしたい。私は地方取材が主なので、例えば、静岡出身の翠富士や、今まだ頑張っている磋牙司の取材をしたいとなったとき、取材をするのに煩雑な手続きが必要になるので、厳しい状況です。

 

三段目付け出し制度でスピード出世した朝乃山

相撲1

春場所後に朝乃山が大関に昇進しました。普段なら、伝達式は記者が集まっている前でしますが、今回、撮影は幹事社のカメラマンと、テレビも代表がビデオ、カメラも1つで、昇進としてはさびしい状態でした。終わったあとは、お客さんがいっぱい集まって、写真を撮って帰るのが通例ですが、今回はなし。メディアでの披露だけとなりました。

富山出身の大関朝乃山は、後に横綱になった大正時代の太刀山以来111年ぶりの大関になります。朝乃山英樹というしこ名は、3年前に亡くなった、高校(富山商)時代の恩師の浦山英樹さんの名前をしこ名にとっています。

朝乃山は、三段目付出の制度が適用され、スピード出世してきた力士です。従来の付出はアマチュア横綱と学生横綱、それから国体横綱、また実業団横綱といって、働きながら相撲とるアマチュア選手が幕下十五枚目格付出になります。三段目は、この4大会でベスト8に入ると、三段目付出の資格を得られます。子供も少なくなり、相撲人気もあまり回復しないので、作られた制度です。

 

三密を避けながらの七月場所の開催

講演2

名古屋場所がなくなり、代替場所の七月場所は、升に本当は4人座りますが、4人枡を1人にして、4分の1しか入れないようにしました。砂かぶりの席は、全部あけて、定員を2500人にしました。

東京場所というと1日約1万人の席が15日間なので、15万枚の席があり、それが50分や1時間半で売り切れていたのですが、さすがに、コロナの状況では感染を警戒した方が多く、空席の目立つ七月場所でした。

8月2日が千秋楽でしたが、これまでになかったことです。月をまたいでの千秋楽は、昭和20年代に5月から6月にかけてというものと、30年代に金山体育館でやっていたころ、名古屋が暑いということで、6月から始めて7月上旬で終わるという例がありました。

コロナ場所を巡って珍しい事態がありました。例えば物言いです。普段なら、土俵と俵と審判にかなり距離がありますが、あまり集まらないようにしています。かなり間隔をあけて物言いがある。そうすると、土俵下の力士に、審判の話し声が聞こえてしまい、場内アナウンスが終わったあと、必ず一礼するため上がりますが、その前に勝負が分かってしまっていて、がっくりしたという九重部屋の力士がいました。

支度部屋も、全部アクリル板で区切られていました。普段なら支度部屋はごちゃごちゃで、衛生状態がなかなか大変なところです。それが、今回はわれわれも見られず、仕切って接触しないよう、お互い話さないようにしたということです。

アクリル板がないときは、力士が座ると、記者は囲むように集まります。力士は声が小さいですから、身を乗り出さないと声が聞こえない。今回は、力士の側もマスクして、別室に入り、パソコン越しにZoomを使い、イヤホンをつけて取材に対応する。国技館の中の飲食店が記者クラブに変わり、取材をしました。なかなか本音を聞けなかったので、早くこの時期を克服してほしいと思っています。

七月場所は、幕尻の照ノ富士が復活優勝しました。秋場所は東の前頭筆頭になりました。モンゴル出身で、間垣部屋に最初入って、若三勝という名で相撲をとっていました。師匠の二代目若乃花が部屋を閉鎖したのに伴い、伊勢ケ浜部屋に移籍すると、めきめき強くなり、入幕して8場所目には関脇で優勝し、大関に昇進しました。

大きなサポーターを両足につけて、膝がぐらつかないようにして相撲をとっていましたが、膝のけがが思わしくなく、ほぼ1年間休んで序二段まで落ちました。15年夏の幕内優勝以来30場所ぶりです。1991年と98年に琴錦が平幕で2回優勝しました。これが43場所、これに次ぐブランクの優勝でした。

国技館

力士の番付は、上から強い者順に並びます。序二段48枚目が何番目かと言うと、横綱から数えて486番目。ここまで照ノ富士は落ちた。全員で680人しかいませんから、下には200人しかいないところまで落ちたのです。

幕尻優勝は、前頭、東と西は、東のほうが半枚上と言われていますので、初場所を制した西の十七枚目の徳勝龍は、幕内力士のいちばん下位だった優勝になります。幕内の定員が42人で、42人中42番目の優勝です。照ノ富士が東の前頭十七枚目で、42人中の41番目ということです。

七月場所では最終盤で最高位、みんな休場しました。白鵬も敗れて休場したし、鶴竜も。貴景勝は勝ち越したら翌日から休場です。なので番付は大関朝乃山が一番上でした。朝乃山と、これだけ番付が離れた力士の取組はあまりないです。優勝がかかったときだけです。

相撲の取組は、違う部屋同士、上から16人目までで1つのリーグをつくって、その中でやります。次が2部リーグみたいなかたちで、16人が1つのリーグをつくる。幕内下位は、3部リーグぐらいに相当します。

昔の平幕の全勝優勝はあるのですが、昭和30年代ぐらいの優勝は、横綱と当たらないまま優勝が決まってしまうことがありました。それは変だ、と。同じ幕内で賜杯を争っていたわけですから、昭和40年代から、きちんと当てようとなりました。最終盤になって優勝がかかってくると、上位と当たる。実際、照ノ富士と朝乃山は13日目に当たり、照ノ富士が完勝し、優勝に大きく近づきました。

照ノ富士は、横綱に次ぐ序列三位の大関から陥落後、全休して一段ずつ落ちていきます。落ち方がすごく、真っ逆さまに落ちた。照ノ富士は序二段で済みましたが、竜電は序ノ口まで落ちた。

序ノ口から下まで落ちると番付からも名前が消えます。今、幕内にいますが、番付外に落ちるとまた前相撲から、一場所余計に相撲を取らなきゃいけない。股関節をけがして痛いのを我慢して1日だけ相撲を取って序ノ口に落ちるのを維持して。けがを治しながら、この地位まで戻ってきた経緯があります。

照ノ富士のいる伊勢ケ浜部屋は、師匠は元横綱旭富士です。兄弟子には、40歳まで関取を務めた安美錦がいます。そして残念な形で角界を去りましたが、日馬富士が一番強い時期に照ノ富士は稽古をつけてもらっていた経緯があります。年下ですが中学卒業して入った兄弟子の照強もいます。阪神大震災の日に淡路島で生まれたので、毎年1月17日になると話題になる。ずっとメディアから注目されて取材されてきた力士です。

今場所は自己最高位、幕内の前頭三枚目まで上がってきて、横綱・大関、総当たりでこの一番を取って非常に注目されています。焼津市出身の弟弟子、翠富士もいます。十両になって三場所目になりますが、これからの力士です。

 

昭和世代、ベテラン徳勝龍の初優勝

講演3

2020年の土俵を振り返ると、初場所は德勝龍の初優勝。春場所は白鵬が44回目の優勝。夏場所は中止され、そして名古屋場所から名称を変更した七月場所は照ノ富士が優勝しました。

徳勝龍は昭和61年生まれ、秋場所は、昭和世代は42人のうち16人しか幕内にいません。そのなかでも6番目にベテランの力士です。33歳5カ月での初優勝は日本出身の優勝力士として最年長となります。西の幕尻での優勝は幕内の一番下、最下位での優勝となります。平幕優勝は平成になって21人、21世紀になると5人目の優勝です。

徳勝龍は奈良県出身で、明徳義塾高、近畿大学出身です。付出の資格はなく、前相撲からスタートしています。同期に稀勢の里、豪栄道がいます。

終盤は5日連続決まり手が突き落としという逆転技でした。突き落としは攻め込まれているときにとっさに左でも右でも、相手の体を突き飛ばすように相手の体をいなすのですが、その決まり手で、どんどん勝ち進むのです。白鵬と鶴竜は欠場で、最高位が貴景勝でしたが、千秋楽結びの一番が組まれ、徳勝龍が勝って優勝という展開でした。初場所は、5年連続大関以下の力士が優勝しています。

16年は日本出身の琴奨菊が10年ぶりに優勝しました。17年、大関の稀勢の里は、場所後に横綱昇進を決めた。このとき白鵬に逆転勝ちした。これも突き落としです。18年は平幕の栃ノ心が優勝し、大関に昇進。19年は関脇の玉鷲。突然強くなって優勝しています。今年も德勝龍。今年はあと2場所、この状態では横綱も不安定な状態で、来年初場所も大関以下の優勝も可能性があると思います。

その大関の優勝は、17年の初場所以来ありません。関脇以下か横綱しか優勝者が出ていません。大関も非常にふがいない状況です。今大関の貴景勝、朝乃山。2人とも優勝したことはありますが、平幕か小結で優勝しています。この秋場所も関脇正代でした。

横綱になるには大関で2場所連続優勝するか、それか準ずる成績が大原則になっていますので、新しい横綱になるには大関で優勝しないとならないことになります。正代も加わり、期待したいですね。

 

横綱白鵬が日本国籍を取得

白鵬

春場所は白鵬。優勝44回。全勝優勝15回。横綱在位が78場所。横綱での優勝回数が41回。突出した数字です。幕内勝利数が1,070、本当にとてつもない数字だと認識しています。

横綱勝率は8割7分3厘。13勝を超えるペースになります。初日から8連勝で勝ち越しをする「中日給金」という言葉があるのですが、これが50場所。34回はそのうち優勝しています。

最近は休場が多くなり、この秋場所も休場で、横綱はちょっと休んでいればいいんですかという、世間からの批判もまた出てくるんではないかと思います。ただ令和になって唯一複数回優勝しています。余談ですが、序ノ口の最初の場所は3勝4敗で負け越しています。これは意外なところです。

去年9月、日本国籍を取得しました。日本国籍取得は親方になる必要不可欠な要件です。協会が定めている内規を満たし、親方になれる可能性が出てきました。親方になることで、師匠として弟子を育成することができ、理事長になる可能性もあります。名跡数は105です。65歳までずっと協会で運営に携われます。横綱は5年、大関は3年、現役名で残る特権があります。

今、空き名跡は2つありますが、琴奨菊が事実上持っているもの、それから静岡出身の潮丸さんが東関部屋を持っていましたが、残念ながらご病気でお亡くなりになったので、高見盛が東関を継いで師匠になっています。今は高見盛が持っていた振分のほうの株が、空き名跡になっています。襲名しないと協会には残れないので、現役の人は、名跡が少ないから協会に残るのは大変になります。

力士像

一代年寄があって、優勝回数が多い、多大な貢献をした方、一代限り。次には名跡を継げません。これまで大鵬、北の湖、貴乃花がいましたが、今は協会にはおりません。

過去に日本国籍を取得して親方になった者は、ハワイ出身の高見山、小錦がいる。小錦、曙は師匠になることなく別の業界に転じました。残念ながら病気になって、若くして亡くなってしまいましたが、時天空・間垣親方もいました。

日本国籍を取得した外国出身の力士、親方に武蔵丸がいます。武蔵川親方、師匠になって弟子がいます。今年も一生懸命若い力士集めて、弟子の育成をしています。

翔天狼は、モンゴルの人ですが、北陣親方として藤島部屋付きの師匠になっています。そして蒼国来。この前引退して、先代親方が定年のため荒汐を継ぎ、若隆景、若元春、若隆元と大波3兄弟を鍛える指導者になりました。

現役では魁聖も日本国籍を取得しました。鶴竜も日本国籍取得を申請している最中です。辞めてしまうとそのまま協会を去らざるを得ないので、苦しい現実があります。

 

21世紀は外国人力士の時代に

国技館 遠景

1930年代、戦前ですが4年間、14場所で7人、関脇以外の優勝がありました。協会のやり方に不満を持つ力士が大量に脱退していなくなった、春秋園事件がありました。このとき平幕の力士、関脇の力士が優勝することが多くありました。

91年、93年は11場所で横綱がいない時期なので、大関以下になります。ここで貴乃花・若乃花が曙とともに出てきて、大相撲は空前の人気となりました。

今は16場所中9場所、関脇以下が勝っています。まず栃ノ心は2018年の初場所です。それから名古屋場所で御嶽海も関脇で優勝。夏場所、朝乃山は前頭8枚目でした。秋場所ではまた関脇、御嶽海が優勝。初場所で今年は德勝龍。本当に幕尻優勝が、実は飛び飛びで続いている。間隔が非常にせまいということでした。

92年は前頭2枚目、平幕優勝の貴花田が関脇になる。若貴が優勝をして、ものすごく人気が上がっていった時期です。この前に琴富士、琴錦。佐渡ヶ嶽の2人の平幕力士が優勝し、6場所全て違う優勝者が出ました。ほかにそういう時代があり、それが昭和47年です。

46年秋場所後に、横綱玉の海が盲腸のため現役で急死しました。北の富士が一人横綱になって調子を落とし、3場所は途中休場する事態になりました。その間隙を縫ってきたのが、栃東のお父さんの栃東。初場所に11勝で優勝。11勝の優勝は、70年ちょっと15日制が続いていますが、その歴史のなかでも、47年の栃東、96年の武蔵丸、17年の日馬富士、この3例しかありません。

力士像2
72年春場所は関脇長谷川。夏場所は輪島。名古屋場所は高見山が外国人初の優勝。そして秋場所で、ようやく北の富士が横綱全勝で優勝。締めの九州場所は大関の琴櫻が、よく場所と合わせて2場所連続優勝して32歳で横綱に昇進したエピソードがあります。

優勝制度は、昭和の初期は年4場所で、春秋園事件を機に年2場所に減ってしまいます。戦時中も、空襲で両国国技館のガラスが全部抜けていたのですが、傷痍軍人と遺族会の人たちを集め、7日間興行して、前頭筆頭の備州山が優勝した。このとき、横綱もみんな出ていたのですが、備州山は序盤から横綱を破り、7戦全勝で優勝した経緯があります。

昭和33年から6場所制になりました。八百長騒動があった2011年春と、コロナ禍の20年夏場所が中止になっています。優勝回数は44回の白鵬、32回は大鵬。千代の富士は31回。朝青龍は25回。北の湖が24回。貴乃花が22回になります。連覇は白鵬と朝青龍が7連覇で大鵬は6連覇が2回。一人横綱が長い力士は優勝回数が多い。貴乃花はライバル争いが非常に熾烈だったので、22回ですが、数字は評価して然るべきだと思います。

21世紀は外国勢優勝が8割超になります。2001年初場所から20年秋場所まで117場所ありますが、モンゴル勢が非常に多い。21世紀になると、貴乃花も優勝2回。一番多いのが魁皇で4回となりました。ただ、貴景勝、朝乃山、正代という新しい流れも。令和には御嶽海もいますので、大いに期待できるものだと思います。

モンゴル出身の優勝88回。117回のうちの88回、75パーセント。外国勢は、東ヨーロッパ、ハワイも合わせると94回。6場所中5回近く。日本勢は琴奨菊の優勝まで58場所、約10年ありませんでいた。私も外国勢が全盛のときに優勝の取材をしていたので、どうしたら日本出身力士が強くなるか企画を出したこともありました。

 

ちょっと知りたいお金の事情

講演4

お金の話です。月給はどれぐらいもらっているのでしょうか。横綱は場所の前に付くのが300万、大関が250万、三役180万です。場所の特別手当もあります。場所ごとに横綱で20万円、大関15万、関脇5万円もらえます。別立てで持ち給金というのもあり、これは場所に出るともらえる仕組みになっています。

優勝、全勝、金星。金星は平幕が横綱を破る。小結や関脇が破っても三役なので金星にはなりません。これはベースアップになります。十両以上の関取は、ずっと出場するたびにもらえ、かなりのものになります。

特別ボーナスとして優勝は幕内1,000万、十両200万、幕下50万、三段目30万と決まってきます。さらに幕内優勝は給金にも反映され、ベースアップになります。優勝は30円。現在は4,000倍の12万円がベースアップされます。関取の間ずっと続く。番付も、その番付にいると横綱は150円。4,000倍すると60万円です。大関は40万円。幕内は24万。十両は16万。

 初土俵、勝ち越しは8勝7敗だと1点の勝ち越しなので2,000円。4勝3敗だと1点の勝ち越しなので2,000円。それをどんどん初土俵から積み上げていきます。

幕下に落ちると、持ち給金が全部停止されます。幕下から十両に返り咲くと、持ち給金が復活です。幕下と十両は、天国と地獄です。幕内と十両だとちょっと減るだけで、落ちたところで、悔しいなぐらいでしかない。十両と幕下は、月給が110万円という持ち給金が全部0になって、一場所約8万です。勝ち星1個2,500円、勝ち越し1点で5,000円ですから、4勝3敗の勝ち越しで6,000円。勝ち星で4勝だと2,500円、1万円。これしかもらえなくなり、本当にアルバイトになってしまう。非常に厳しい世界なので、十両と幕下の対戦は、緊張感あふれる面白い展開だと思って見ています。

のぼり
優勝すると30円のボーナス。全勝すると50円アップです。4000倍で20万円。これが全部ベース、場所手当に全部乗せられます。場所に出場さえすればもらえる。白鵬は871万8,000円。他にも、地方場所だと100万円、月給が300万円ですから、出場すればたくさんもらえます。

特別ボーナスが乗っかっている割合ですが、白鵬は8割近くが優勝、全勝のボーナスで、場所ごとにもらえる給料を得ている。持ち給金の割合が大きくなるのは、やはり優勝です。あとは金星。たとえば逸ノ城は秋場所、再入幕しました。前頭十七枚目です。一番下なのに給料は7番目に高い。序列42番目なのに給料7番目、なぜなのか。金星が多く、場所手当の48パーセントを占めているからです。

遠藤は小結になり5万円アップしましたが、それどころではない。7つの金星だけで28万円。67万円のうちの27万円が金星でのベースアップで45パーセントを占めます。同じように45パーセント占めるのは、北勝富士で、7つの金星を得ています。

平幕、関脇以下の人は、金星を取るのが、給料をベースアップさせる意味で非常に変わってくる。優勝している鶴竜とか御嶽海、照ノ富士も高い。照ノ富士は幕内に戻ってきて二場所なのに、元大関で積み上げたものがあるので高いです。優勝も2回している。ただ、パーセンテージとしては低い。なぜかというと照ノ富士は上がるまでに大勝ちをしていると勝ち越しの点数が上がっていくので、積み上げているものが多いのです。

春場所の白鵬は、懸賞金を一番もらいました。7万円のうち6万円は自分で手にできますので828万。無観客でも懸賞金があります。懸賞金は、取り組みの一番後ろのほう、結びの三番にものすごくかけられるので、ここで勝てると、たくさんもらえる仕組みになっています。幕の前半で取っていると懸賞金が少ない。新大関の朝乃山は、途中で横綱がいなくなり、結びでチャンスが非常に多かったので、懸賞金の占める割合が多いです。

1年でどれぐらい稼げるのかというと、横綱でだいたい3,300万円。そして、優勝を2回するなどして総計約1億4,000万。これは本場所だけで、他に副賞があります。米1年、清酒大関1年分ありますが、清酒大関は200CC360本。米は30キロとなります。成田山での豆まきとか、CM出演でも3,000万円くらいの副収入がありますので、競技外の収入も高い。野球選手が3、4億円もらっているところからすると、1.5億円がどうか。それでも横綱になると夢は大きくなります。

懸賞金も7万円に上げた直後に、コロナの影響が出てきて、秋場所は1152本でした。東京場所は七月場所がだいたい1,000でしたから、昨年の2000近い数字に比べると厳しいです。個人で最多でもらったのは、白鵬の2,010本。60本持っていると、すごい分厚さです。

行司が場内アナウンスで60本は読めないので、このときは51本に制限しています。あののし袋には、本当に1つずつ3万円ずつ入っています。

 

昭和世代が減り平成世代の力士が中心に

講演5

番付、今場所は683人います。関取は70人です。幕下は東西各60人ずつ。三段目は100人ずつ。序二段は110人ずつ。序ノ口は、定員が決まっていません。

静岡出身は15人。最高位は十両の翠富士、171センチ114キロですが、身長は炎鵬、照強に次いで3番目、体重は炎鵬、石浦に次いで、これも照強と並んで軽く、小さい。小兵力士として照強と同じ部屋で、必ずや活躍すると思います。幕下には3人、三段目に8人、それから序二段に3人、序ノ口にはいません。

部屋は44あり、最多は佐渡ヶ嶽部屋。一方で、7部屋は一桁しかいない。最小は鏡山部屋の2人。白鵬所属の宮城野部屋、鶴竜のいる陸奥部屋は16人。格下以下の弟子には、20万円の力士養成費が支給されます。つまり弟子が多いと、部屋に入る収入が多くなる。けれども、その分使いますから、部屋の経営のやりくりになるということです。

力士を昭和、平成で分けると、昭和世代の幕内は14人、十両は6人。一番若いのは佐渡ヶ嶽部屋の幕内の琴勝峰です。外国出身の平成生まれはモンゴルの力士しかいません。モンゴル出身幕内は全員、今年になって新入幕や再入幕になった力士ばかりです。

力士の出身校ですが、貴景勝と、関脇の大栄翔も埼玉栄高校。鳥取城北も多いです、照ノ富士、逸ノ城。明徳義塾は一時、非常に多かったですが、徳勝龍や志摩ノ海がいます。埼玉栄高校はインターハイ10回優勝のリーダーで、関取も11人いて16パーセントを占めますが、実は幕下に大鵬の孫・納谷、塚原といったような、あと一息という力士もいます。

力士は減少の一途で、1993年が最多、この春は45人入りましたが、88年の若貴が出たときの半分です。学生力士は近大が優勢です。学生幕内は16人。やっぱり学生と高校生が戦力になってきています。

 

質疑応答

男性A 「昔は何とか錦とか、そういう四股名のような気がしますが、傾向はありますか?」
上鵜瀬氏「部屋にもよりますが、佐渡ヶ嶽部屋は必ず琴を付けていますし、尾車部屋は琴風の風を付けています。伊勢ケ濱部屋は戦前戦後の横綱照国の名を取った照や師匠旭富士の富士を付けています。ユニークなところでは昔、大嶽部屋に右肩上りという力士がいたり、式秀部屋には、お父さんが好きだった映画の四股名を付けたりと、特殊なところもあります。遠藤や正代のように本名の力士もいますし、部屋代々で付けているところもあります。」

男性B 「仲の悪い力士は誰と誰がいるとか言ってくれると、これから取り組みを見るのが楽しみになると思うのですが。」
上鵜瀬氏「彼らも非常に大人で、今はネットも発達しているのもあって、基本そういうところを見せないです。それに根拠のない話になると、なかなか私たちもできにくいです」

男性C 「幕内までいった力士が、幕下に落ちたら付け人をするのですか?」
上鵜瀬氏「あります。隆の鶴が幕下に落ちたことがあるのですが、すぐ稀勢の里の付け人になりました。厳密な世界なので、落ちないように必死になる。幕内と十両と幕下のラインは、本当に天地の差がありますので、幕下に落ちない、落ちたくない、また上がりたいという葛藤があります。」

男性D 「貴乃花が引退しましたね。引退の本当の理由は何ですか。」
上鵜瀬氏「貴乃花親方はすごくまっすぐな方で、相撲道を突き詰めていく方だった。今の体制がそうじゃないというわけではないですが、組織を運営する側は、いろんな案件を調整しながら、みんなで合議して運営していかなきゃいけない。それが大原則です。そこの一番最初の単位である一門で和が保てず、結果的に理事選挙も一門から2人で立候補して、結果2人とも協会を辞めてしまった。親方は親方で、新しい自分のかたちで相撲の普及をされていると思います。協会の決まりとしていったん出てしまうと、二度と戻れない決まりなので。残念です。

 


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