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米国、そして世界は、どこに向かうのか


登壇者

2020年11月21日

小倉孝保 氏

論説委員

1964年滋賀県生まれ。1988年毎日新聞社入社。カイロ、ニューヨーク両支局長、欧州総局(ロンドン)長、外信部長、編集編成局次長を経て論説委員。14年、日本人として初めて英外国特派員協会賞受賞。近著に『ロレンスになれなかった男 空手でアラブを制した岡本秀樹の生涯』(KADOKAWA)がある。

米大統領選挙はなぜ注目されるのか

 

タイミングよくこの時期に、アメリカの大統領選挙の話をさせてもらえることは、国際報道に携わっている者として、とてもありがたいことです。まず、今回のアメリカの大統領選挙がなぜこんなに注目されているかというと、特に第二次世界大戦後に、アメリカが作ってきた世界秩序が、50年100年のスパンで見たとき、かなりドラスティックに変化していく時期に入ってきているからです。国際情勢だけでなく、アメリカ国内でもいろいろな変化が起こり、その1つが、トランプさんのような、かなり変わった大統領の登場であり、今回の混乱した選挙ではないでしょうか。

1820年、今からちょうど200年前、アメリカのGDPはたったの1.8%でした。現在、日本の世界に占めるGDPは約6%、バブルのときには10%を超えていたことと比べると、200年前のアメリカがいかに小さな国だったかということがわかります。その当時、世界経済を動かしていたのは圧倒的に中国で、GDPは30%以上を占め、今のアメリカよりも、さらに大きい国でした。人類の長い歴史のなかで中国の占める割合が一番大きかった時代は、ものすごく長く続いていました。しかし、中国は19世紀から弱体化し、列強に植民地化され、共産主義化して閉鎖的になり、国内が大混乱する時代を150年も味わいました。その間、中国のGDPは下がり続けましたが、1980年代の改革開放後、また少しずつ上がってきました。

一方、アメリカは、第二次世界大戦後、国連や、世界銀行、IMFなどの国際金融システム、NATO(北大西洋条約機構)など、様々な世界秩序を作り、主導してきました。なぜ、そのようなことができたのかというと、第二次世界大戦のとき、ヨーロッパやアジアの国力がものすごく減退化したのに対し、アメリカは本土を破壊されることもなく、国力を失わなかったからです。そのため、1950年代から60年代にかけて、アメリカのGDPが世界全体に占める割合は約半分で、それは世界の経済の約半分をアメリカだけで動かしていたということです。その後約75年間、大きな戦争もなく、アメリカのGDPが大きく落ちることはありませんでした。

しかし、ヨーロッパや中国が少しずつ上がってくるに連れ、アメリカのGDPは少しずつ下がり、現在、中国が産業、経済に関して、再び勢いを取り戻しつつあります。2030年ごろには、中国がアメリカのGDPに追いつき、2035年までには、追い越すのではないかという予想もあり、今が、まさに転換点なのです。このまま中国が大きな戦争を経験せず、国内で安定した成長を続けていったら、アメリカが作ってきた世界秩序は壊れてしまうのでしょうか。再び、中国の考え方が世界に蔓延するのでしょうか。

 米国史上最高の獲得票数

このような世界の動きを踏まえて、今回の選挙について少し見ていきましょう。共和党は、現職の大統領トランプさんと現職副大統領のペンスさんのペア。民主党は、前オバマ政権の副大統領ジョー・バイデンさんと上院議員から副大統領候補になったカマラ・ハリスさんのペアであり、この2組で争われました。アメリカの選挙は面白いもので、大統領と副大統領を1つのペアで選びます。1776年に独立してから20年後ぐらいまでは、ばらばらに選び、1位になった候補が大統領、2位になった候補が副大統領になっていました。しかし、確か1800年の選挙で、大統領と副大統領が別々の政党から選ばれると、政策が全くうまくいかなくなり、その後ペアで選ぶ方法になったのです。

アメリカの選挙には独特の特徴があり、獲得票数の多い少ないで当選者が決まるわけではなく、それぞれの州に割り当てられている選挙人の数をどれだけ多く取るかで決まります。今回の選挙の選挙人獲得数は、現時点でバイデンさんが306であり、過半数の270以上を取ったので、バイデンさんの勝利です。しかし、トランプさんは負けを認めていません。アメリカの選挙では、敗者が負けを認めて勝者に電話をし、それを受けて勝者が勝ちましたと宣言するのが慣習でしたが、トランプさんが電話をしないので、バイデンさんは勝利宣言ができていませんでした。そこで、バイデンさんは選挙人の数が確定した、という報道を受けて勝利宣言をしました。それでもまだ、トランプさんは、勝者は自分だと言い続けています。

 

2000年のブッシュ(息子)さんとゴアさんの選挙のときにも、フロリダの、ある特定の地域の五百何十票かが問題となり、その五百何十票を数え直すか、数え直さないかと対立しました。そのときは、最高裁判所が、もう数え直しはやめなさいと命令し、ブッシュさんの当選が決まりました。今回のバイデンさんは、何百万票もの差をつけて勝利したので、数え直しをして、不確かな票を削ったとしても、結果が覆ることはないだろうというのが大多数の見方です。

不正があったという情報もありますが、今のところ、証拠を突き付けて、訴訟をしている例はありません。僕は、トランプさんも自分が負けたことを認識していると思います。でも、ここで負けたと言いたくないのでしょう。また今、訴訟をやるためと言ってお金集めをしていますが、その集めたお金を、何らかの政治的な影響力を保ち続けるための資金にしようとしているのではないかと思います。

今回の選挙で獲得した票数は、バイデンさんが7,818万票、トランプさんが7,276万票でした。これは、アメリカ史上最高の得票数であり、負けたトランプさんでさえ、過去のどの大統領よりも多くの支持を集めました。

ちなみに大統領選挙の投票は、18歳以上のアメリカ国民であれば、たとえ外国に住んでいてもできます。ただ、投票には選挙人登録が必要で、日本のように住民票を移せば、自動的に選挙時に投票用紙が送られてくるシステムではありません。今回は激戦が予想され、投票を広く呼び掛けたこともあり、登録者数も投票率もかなり上がりました。

 家族思いのバイデン氏、彗星のごとく現れたカマラ氏

バイデンさんについて、少し紹介しましょう。これからなるアメリカの大統領としては、史上最高齢の78歳です。デラウェア州という小さな州の出身で、そこから出る初めての大統領です。父親が事業に失敗し、貧しい子ども時代を過ごしました。結婚後、男の子2人と、3人目は女の子に恵まれましたが、女の子が1歳のとき、奥さんが子どもたちを乗せた車で事故を起こし、奥さんと女の子が亡くなりました。彼はそのとき、上院議員に当選したばかりでしたが、上院議員を辞めて、デラウェアに戻り2人の息子を育てようとしました。それをマイク・マンスフィールドという、後に駐日大使になる人物が、君はこれから民主党を支えていく人材だからと引き留めたため、息子たちを育てながら、デラウェアからワシントンまで通って上院議員を務めたそうです。

副大統領をしていたときは、オバマ大統領が任期を終えたら、次の大統領になってほしいと頼まれたこともありましたが、出馬しませんでした。ヒラリー・クリントンさんという大本命がいたから、という説もありますが、家族を優先したいからという見方もありました。だいぶ前、バイデンさんの上院議員時代をよく知る僕の知人に、バイデンさんはどんな人か、と尋ねたことがあるのですが、ものすごく家族思いの人で、この先、彼が大統領になることはあり得ないだろうと言っていました。それは、大統領になったら、家族をほったらかしてでも国のことをやらなければいけないので、彼の性格からして、それはないだろうという意味でした。

副大統領になる、カマラ・ハリスさんについても紹介しておきましょう。彼女は1964年生まれの56歳で、母親はインド系で、乳がんの研究者。父親はジャマイカ系で、有名な大学の経済学者です。黒人の教授が珍しかった時代に、ハンデや壁を乗り越えて大学の教授になったそうです。カマラさんは、検事を経てカリフォルニア州の司法長官をしていました。州の司法長官というのは、カリフォルニアの検事総長であり、法務大臣です。前回の選挙(2017年)で上院議員に初当選し、当時から将来の大統領候補だろうと言われるほど、華々しく、彗星のごとく出てきた人です。政治経験は3年しかありませんが、オバマ大統領が直前に上院議員になって、そのまま大統領になったのと同じように、勢いのある人です。

大統領にできること

アメリカの大統領とは、どういう存在でしょうか。大統領になるためには、もちろん選挙で当選しなければいけませんが、その前に年齢は35歳以上で、アメリカ生まれでなければいけません。アメリカの国籍を持っていても、移民をしてきた人は大統領と副大統領にはなれません。キッシンジャーさん、オルブライトさんという有名な国務長官がいましたが、キッシンジャーさんはドイツ生まれ、オルブライトさんはチェコスロバキア生まれの移民なので、どんなに政治経験を積んでも大統領にはなれないのです。

移民の子孫でも、アメリカで生まれたのなら問題ありません、しかし、アメリカに14年間以上住んでいること、という決まりもあります。たとえば、日本人夫婦がアメリカ赴任中に子どもを産んだら、その子どもはアメリカ国籍になりますが、その後、日本に帰り、日本で暮らしていたら、大統領になる資格はないということです。

アメリカの大統領は世界のリーダーであり、どんな権限も持っていそうですが、実際は、外交や安全保障などに限定されており、細かな権限は、州知事のほうが多く持っています。たとえば、コロナウイルス感染がニューヨークなどで拡大していますが、マスクをさせようとか、必要ないなどを決めるのは州知事であり、大統領がニューヨーク州の人は外出時に全員必ずマスクをしなさいというような命令を出すことはできません。

では、大統領には何ができるのでしょう。たとえば、国と国との条約を結ぶことができます。また、大統領令というものがあり、議会を通さずに即決することができます。今すぐ何かという大切な局面で、大統領令を出すのです。リンカーンが出した奴隷解放宣言や、ルーズベルトが第二次世界大戦時に、日系移民の強制収容を決めたのは大統領令でした。また、大きいものとして、裁判官の任命権があります。アメリカの裁判所は、州のものと連邦のものの2種類があり、たとえば、ニューヨーク州には、州の地方裁判所、控訴裁判所、最高裁判所、さらに連邦の地方裁判所があります。連邦裁判所というのはアメリカ全体のことを裁く裁判所であり、大統領には、この連邦裁判所の裁判官の任命権があります。連邦最高裁の判事は終身制なので、亡くなるか、本人が辞任しますと言うまで務め、一旦、選ばれた人をクビにすることはできません。

トランプさんは9名の判事のうちの3名を任命しました。これはものすごく大きな権限です。アメリカで話題になっている、人工妊娠中絶の是非や同性愛者の結婚に関する問題は、州ごとに作った法律によって、認める州もあれば、認めない州もありますが、それを最高裁に上げ、最高裁がジャッジをして、もし、人工妊娠中絶をしてはいけないと決めたら、州はそれに背く法律を作ることはできません。連邦最高裁が決めたことに反することができないということは、大統領の思う政策が、かなり社会的なところまで及ぶということを意味しています。

もう1つ、大統領の大きな権限として、軍の最高司令官として軍を指揮するということがあります。アメリカでは、どこどこと戦争しますという宣戦布告は議会が行い、実際に軍を動かすのが最高司令官である大統領です。しかし、そこに抜け道もあり、宣戦布告をしないで戦争をしたことが結構あります。柔軟と言えば柔軟ですが、卑怯と言えば卑怯です。アメリカ合衆国が宣戦布告をして戦争を始めたのは、建国以来、イギリスとの戦争、メキシコ戦争、スペインとの戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦の5回だけです。

ここで、副大統領についても少し見ておくと、たとえば、初代副大統領のジョン・アダムズは「副大統領とは人類の発明した最も重要でない公職である」と言い、ルーズベルト大統領の副大統領だったトルーマンが「副大統領の仕事とは毎朝ベルを鳴らして、大統領の健康状態を尋ねることぐらいだ」と言ったように、以前は、目立たない場合が多かったようです。トランプさんの副大統領のペンスさんは、中国政策で中国にかなり厳しい政策を打ち出した際、自ら演説し、アメリカの政策を発表(ペンス・スピーチ)したりもしたので、最近では、副大統領の役割も大きくなってきていると感じます。

任期は最高で10年間

大統領の任期は1期4年で、選挙日は、毎うるう年の11月の第1月曜日の次の日と決まっています。任期の途中で大統領が亡くなったり、職務ができなくなったりした場合は、選挙はせず、副大統領が大統領になります。1期4年で再選もできますが、3期以上はできません。しかし、フランクリン・ルーズベルト大統領だけは4期務めました。第二次世界大戦のころです。当時は、任期を定めていなかったのですが、それでも、ルーズベルト以外は、全員最高2期で退きました。任期がないのに2期で退いたのは、初代のジョージ・ワシントンが2期で終えたことにならい、大統領と政党が自分たちをしばっていたからです。

ルーズベルトのときは、非常なる国際社会の混乱で経済が落ち込み、ヨーロッパで戦争が始まろうとしているときだったので、再選を望む声が多く、ルーズベルトが4期務めたのです。現在は、3期目以上は駄目なのですが、2期までしか駄目だと書いていないところがみそです。これは、大統領が途中で亡くなるなどして、副大統領が大統領になる場合を想定しており、このとき任期が残り何年かによって、あと何期できるかが決まり、最高で10年間できます。

今回、トランプさんは負けますが、現職の大統領で再選できないというのは、アメリカでは、とてもレアなケースです。第二次世界大戦以降では、ジミー・カーターとジョージ・ブッシュ(父)の2人だけです。この2人のときは、アメリカの経済が落ち込んでおり、対抗馬に人気のある人が出てきたために、再選できませんでした。トランプさんの場合は、コロナが拡大する前のアメリカの経済はかなり順調だったので、再選するだろうという声もありましたが、コロナで一旦、ものすごく経済が落ち込み、さらに、ハンドリングを誤った感じがありますね。

つきまとう分裂の危機

アメリカというのは、世界的に見ても、非常に特異な国です。ヨーロッパや、日本を含めたアジアの国々は、国内外で混乱を繰り返しながら、古代、中世と発展し、自然とこの国はこういう国だというものが形作られ、それが近代や現代につながっています。このように、自然に生まれてきた国が多いなか、アメリカは人工的に造った国で、1776年に独立してから、まだ、たかだか250年ぐらいの歴史しかありません。自分たちが宣言して、新しく国を立ち上げ、アメリカ合衆国憲法を作りました。その憲法に国造りの精神が書いてあり、それがアメリカの目標です。目標を高々と掲げて、そこに向かって国をまとめているのがアメリカです。

アメリカ人には、日本人のように、自然とできた国に生まれ、日本語をしゃべり、こんな顔をしているというものがなく、アメリカ人って何だ?となったとき、ものすごく説明が難しいです。肌の色、宗教、移民してきた年代、地域などにより、伝統も習慣も違い、その多様な人々を1つにまとめるために憲法を作り、大きな旗を揚げているのです。

自由、民主主義、人権、平等というように、1つ1つ理想を掲げ、そこに向かってまとめあげているだけなので、それが揺らいだとき、アメリカとはこれだ、というものがなく、もろいと言えばもろいのです。だから、アメリカは、過去に何回も分裂の危機に見舞われています。南北戦争が最大の危機で、実際に13州が独立しましたが、リンカーンやケネディのような類まれなる指導者が出てきて、うまくまとめてくれたおかげで、なんとか分裂を抑え込んで、今に至っています。

その分裂の危機が、今またやってきています。今回は、これまでのような、奴隷制の問題や黒人の権利の問題ではなく、経済的に恵まれた人とそうでない人。大きな経済の波に乗ったグループと乗っていないグループ。産業構造の転換を迫られている人たちと、うまく新しい産業に乗った人たちというように、二極化した富の偏在が起きており、それは日本でもヨーロッパでも起きているのですが、アメリカはもっと極端です。アメリカの富の約70%を上位10%の人が占めていて、驚くぐらい豊かな人と驚くぐらい貧しい人がおり、こっちを向いて走るぞと言われても、もう同じ方向を向けなくなっています。いろいろな分断や対立があるなかで、今のこの選挙を迎えているのです。

トランプ政権はなぜ生まれたのか

今回の選挙を語ることは、トランプさんの4年間を語ることでもあります。トランプさんは歴代のアメリカ大統領のなかでも、極端に変わった人で、実は、政治経験も、軍の経験もゼロです。歴代の大統領は、上院議員か州の知事、または前の大統領のときの副大統領であることが圧倒的に多く、この3つで80%ぐらいはカバーするでしょう。例外もあり、アイゼンハワー大統領は、政治経験はありませんでしたが、軍の司令官としての経験があり、ヨーロッパ戦線でヨーロッパの解放をしたヒーローでした。

トランプさんはと言うと、親の代からずっとビジネスをやっていて、ビジネスをやりながらテレビでバラエティーショーなどをやっていた人です。アメリカの政治の動きや、これまでの中国政策、中東政策の状況など、全く分からないところから大統領になったのです。

では、4年前、トランプ大統領が生まれた背景には何があったのでしょうか。トランプさんはまず、共和党の代表になりました。共和党の候補になるためには、半年ぐらいかけて各地で選挙を戦い、テレビ討論会などもやります。ほかの候補のなかには上院議員や州知事もいましたが、トランプさんは、彼らを蹴散らしました。次に、共和党と民主党の直接対決をしました。このとき民主党の候補は、知名度も抜群で、国務長官や上院議員の経験もあるヒラリー・クリントンでした。彼女と戦って勝ったのです。アメリカのこれまでの常識からしたらあり得ないことです。

なぜ、そうなったかについては、いくつかの分析がありますが、僕がすごく納得したのは、白人の人たちが、変わりゆくアメリカに対して、危機感を持っていたということです。アメリカでは、白人のプロテスタントの人々が中心の時代が長く続き、1960年には人口の84%が白人でした。しかし、2015年には62%まで落ちています。この数字は、ますます下がっていくでしょう。なぜなら、移ってくる移民は中南米系が多く、出生率もヒスパニック系やアジア系の人のほうが高いと言われているからです。白人の比率は、2050年前後には50%を切ると言われており、これはアメリカの建国以来、初めてのことです。この強い危機感が、白人の声を聞いてくれるリーダーを求めたのでしょう

 

民主党は、どちらかというと多様性を重視し、アメリカは白人だけの国ではない、憲法に則って自由で民主的な国を造ろう、宗教や人種の区別などない、誰もがアメリカ人になれる国じゃないか、というような考え方が強く、共和党はどちらかというと、昔からの白人の伝統的な習慣、生活を守りたいという人が多いです。この白人の保守意識の強い人たちが、トランプさんは自分たちの言うことを聞いてくれる、自分たちが言いたかったことをはっきり言ってくれる、といって大歓迎しました。

広がる貧富の格差

もう1つは、貧富の格差です。1980年代に新自由主義の動きが世界的に広がりました。新自由主義というのは、できるだけ政府のコントロールを外し、自由に経済活動をすることによって経済を発展させようというものです。これを最初にやり始めたのは、1979年、イギリスのサッチャー首相です。その2年後、1981年に、アメリカのレーガンさんと日本の中曽根さんが続き、その3人が世界経済を引っ張りました

たとえば、イギリスでは、炭鉱労働者の大きい労働組合の力が強く、その組合の意向に逆らうような政策ができない時代が長く続いていましたが、サッチャーさんは、炭鉱労働者の権利を、労働者1人1人の権利として法律で保障し、個人の権利を労働組合ではなく国が守っていくという政策を取りました。これにより、それまで世界から援助してもらうほど落ち込んでいた経済が活性化し盛り返していきました。それと同じようなことがアメリカと日本でも行われ、その結果、3つの国の経済は良くなっていきました。

 

しかしそのとき、貧富の格差をうまく解消することはできませんでした。貧富の格差を解消するためには、国が手を入れ、豊かな人や儲けている企業から税金をごっそり取って、貧しい人に回すというような是正措置が必要でしたが、そこにはタッチしたくなかったのです。そのため、豊かな人はどんどん豊かになり、貧しい人はどんどん置いていかれました。

戦争がないことはいいことですが、実は、戦争は貧富の格差を縮小させる機会でもありました。国が富を戦争に向け、豊かな人も貧しい人も、同じように徴兵され、ある意味平等になるからです。しかし、70年以上、大きな戦争のない状況が続いたので、強制的に富のバランスを是正する機会はありませんでした。だから今、アメリカもイギリスも日本も、おそらく歴史的に見ても珍しいほど、豊かな人と貧しい人の層が離れています。これは貧しい人から見たら、とてもつらいことです。

たとえば、アメリカの大学は学費がものすごく高く、州立大学でも日本の私立大学と同じぐらい。私立大学なら学費だけで年間400万円ぐらいかかります。そこで、貧しいけれど能力がある人は、貸付のローン型の奨学金をもらって進学するのですが、これは卒業するころにはかなり積み上がり、1,000万円くらいのローンを抱えて社会人になる人がたくさんいます。

たとえば今回、バイデンさんと民主党で戦ったサンダースさんは、この学費のローンを免除すると言ったので、若者の支持が多く集まりました。これはつまり、大学のローンに苦労している人が大勢いるという意味です。このことは、これまでアメリカが、政策として全く考慮してこなかったことのツケだと言えます。経済格差が広がれば、社会不安に直結します。今、アメリカがそれを示していますから、僕たちはそこから、経済活動は自由にやったほうがいいが、そこで富の再分配を怠ると、必ず社会不安がくるということを学ばなければいけません

否定し続け、壊し続けた4年間

トランプ大統領が誕生してからの4年間が、どのようなものだったかを端的に言うなら、オバマさんが8年間でしてきたことを、ことごとく否定し続けた日々だと言えるでしょう。たとえば、パリ協定から抜ける、イランの核合意から抜ける、TPPに加わらないなど、オバマさんが作り上げたものをたくさん壊しました。トランプさんはおそらく、個人的にオバマさんのことが嫌いなのでしょうね。

オバマさんがあるとき、何かのスピーチで、トランプさんのことをネタにジョークを言ったことがあります。当時、トランプさんは、ものすごく有名なビジネスマンで、誰もが知っている人でしたから、それをネタに笑いを取ったのでしょう。トランプさんは、よく人を攻撃したり侮辱したりする人ですが、自分が侮辱されたり、笑われたりすることは許せないらしく、ネタにされたことを根に持って、オバマ政権のやってきたことをつぶすために大統領になったという論評もあるくらい、オバマさんのやってきたものを徹底して壊しました。

また、歴代のアメリカの大統領が絶対に手を付けなかったことをいくつかやり、たとえば、アメリカの大使館をテルアビブからエルサレムに移しました。イスラエルはエルサレムが首都だと言っていますが、国際的には認められていません。つい2、3日前には、ポンペオさんがイスラエルのゴラン高原を訪問しました。ゴラン高原は、歴史的にシリア領であり、ほとんどの国際社会もそう見ていますが、アメリカが勝手に、イスラエル領だといって、国務長官が訪問したのです。これらは国際社会を無視した行動です。

今回、バイデンさんが勝利したのはなぜでしょうか。1つは、トランプ政権の4年間への、うんざりした気持ちです。しかし一方で、7,300万人もの人がトランプさんを支持しているのも事実です。ただ、それよりもさらに多くの人が、トランプさんだけはもう辞めてほしいと思っています。皆さんもすでに感じていると思いますが、バイデンさんの熱狂的な支持者というのは、ほとんどいないと思います。それでも、78歳の人の良いおじいちゃんを大統領にしたいと思った大きな原動力は、トランプさんにあと4年間させるのだけは勘弁してくれという思いです。

僕のアメリカ人の友だちは、ほぼ例外なくトランプ嫌いであり、彼らが言うには、トランプさんほど根拠のないことを言って分断を深め、相手を口汚く罵る人はおらず、見ているだけで疲れるらしいです。一方で、これがなかったらバイデンさんは勝てなかったと思うことの1つに、コロナウイルスの感染拡大があります。アメリカでは、かなり感染が広がっていますが、トランプさんは、専門家から見たら完全に間違ったことを、正々堂々とマイクの前でしゃべりました。また、トランプさんは、外交の場で自国第一主義に留まらず、アメリカだけ主義を通しました。何でもかんでもアメリカがすべて取り、他国がマイナスになってもいいという考えで、そこには国際協調がありませんでした

国際協調路線への復帰

国際協調というのは、各国が集まって会議をし、それぞれの国が意見を言い合い、お互いが少しだけ損をして少しだけ得をするようなかたちで物事を決めていくもので、TPPやRCEPもそういうかたちです。ところが、トランプさんは、アメリカだけが圧倒的に勝つやり方を求め、1対1の交渉を仕掛けました。1対1の交渉では、結局、力があるところが勝ちます。一方、多国間の交渉で勝つのは、しっかりとした理念を持っているところです。人類の理想はこれこれだからこうしよう、というように、多くの国を説得できれば意見を通すことができます。オバマ大統領は、それがとても得意で、核なき世界が正しい方向だ、というような他の国が反対しづらい意見を言うことができました。トランプさんは、国際社会などに関心がなく、強い国が勝つのが当たり前だという意見です。

しかしバイデンさんになれば、国際協調路線に復帰し、パリ協定やWHOに、おそらくすぐに復帰するでしょう。同盟を重視して、NATOともうまくやり、日米や米韓の軍事同盟も丁寧にやっていくと思います。中国との関係は ?とよく言われますが、中国とアメリカの関係は、誰が大統領になっても、この先20年、30年は難しい局面に入っていくでしょう。それは最初に言った、アメリカと中国の国力が並んでくるからです。第二次世界大戦以降に、アメリカが作った世界秩序に対して、中国はいろいろな場面で挑戦してくるでしょう。日本との関係はどうかといえば、日米関係は大切だということを、お互いに理解しているので、誰が大統領になってもおそらく悪くはならないでしょう。でも伝統的に言えば、外務省レベルの外交は、共和党との関係のほうがいいですから、日本の外務省としては、共和党の大統領のほうがありがたいかもしれません。ただし、トランプさんはもう嫌だというのが本音だと思います。

歴史を知ることが国際理解への第一歩

最後に1つ、宣伝をさせてください。僕は、この約20年間、国際社会を見てきましたが、国際社会を見るうえでは、歴史を踏まえることが大事だと痛感しています。何か問題が起きているときに、今だけを見ていては分からないことが絶対にあります。せめて100年から50年くらいのスパンで歴史を見ていかないと、物事は見えてきません。たとえば現在、日韓関係が非常に厳しい状況ですが、日本と韓国は、同じ資本主義社会の同じような人たちで、歴史的にも深い関係があるのに、なぜ、こんなにもめているのだろう? と思ったとき、それこそ日韓併合ぐらいから、この100年くらいの歴史を踏まえないと、理解することはできません。それと同じようなことは世界中にあります。歴史を見て、歴史を楽しんだ後に今の物事を見ると、ものすごく形が違って見えてきます。

僕はこの10年ぐらい、いろいろな本を書いてきました。日本の人たちに、世界の歴史を分かりやすく紹介し、理解してもらいたいからです。その1つが、2年前に出した『100年かけてやる仕事』という本です。イギリスのオックスフォード大学の先生たちが100年かけて1冊の辞書を作った話で、そのラテン語の辞書を作っていく変遷を見ていると、イギリス人がヨーロッパとどういう関係だったのかということが、よく見えてきます。また、今年出した『ロレンスになれなかった男』という本があります。これは、1970年にシリアに渡り、空手を広めていった1人の日本人の話です。革命や大統領の死など、中東アラブ社会が変革した時代に、シリアで40年間暮らした岡本の生き方を通して、難しいアラブの歴史が、ストンと理解しやすい内容になっています。このような本を通して、世界に興味を持ってもらえたらなと思います。

質疑応答

男性A
「日本の外から見て、この30年間の日本について、肯定的に評価されますか、否定的に評価されますか?」

小倉氏
「僕は、日本は潜在能力が高く、まだまだ魅力的なものがたくさんあると言いたいです。確かに経済的な面を見れば、元気がなくなったという印象があるかもしれません。しかし、ほかに良い面もたくさんあり、たとえば、ものすごく治安が良いです。イギリスの友だちのおばさんは、日本に観光で来て、うっかりベンチに高級カメラを置き忘れてしまったけれど、30分後に慌てて戻ったら、そのままベンチに置いてあったそうです。観光客がたくさんいるのに、そんなことが起こるのは、世界中でおそらく日本だけです。ロンドンでは、手に持っているものでも盗られます。僕の外国人の友だちには、日本に住みたいと言う人が多いです。外国人が住みたいと思うということは、魅力的なものが多いということです」

男性B
「トランプ政権がバイデン政権に代わるまでの展開がどうなるのか、展望をお聞かせいただきたいです」

小倉氏
「トランプさんには大統領としての権限が1月20日まであるので、彼は最近、アフガンやイラクから兵を撤退させるなど、新しいことをやっています。これは、交代した後のバイデンさんに苦労を押し付けようとしているのだと言われていますが、僕もそう思います。1つ怖いのは、トランプ支持者は、トランプさんのことを良く言う情報しか取らず、バイデン支持者は、バイデンさんを良く言う情報しか取らないということです。これはよくあることで、毎日新聞の読者は毎日新聞の意見に近くなるし、他の新聞の読者は他のそれぞれの新聞の意見に近くなっていくものです。読んでいる新聞、見ているテレビ、インターネットで拾ってくる情報は偏ったり分断したりしていますから、トランプ支持者は、『本当はトランプさんが勝っているのに、負けにされた』と心から信じており、それを説得しようとして、正しい情報を流しても、その人たちにはうまく届かないのです。今、トランプさんがツイッターで一言『俺は追い出されそうになっている』とでも言えば、暴動や混乱が起きる可能性があり、これはアメリカ始まって以来の混乱につながるかもしれません。そこを僕たちは、こういうことが起こるんだなと、他山の石としていかなければいけないと思っています」


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開催スケジュール SCHEDULE

日韓関係の改善は本物なのか

2024年5月18日 開催

日韓関係の改善は本物なのか

日時
2024年5月18日[開始時刻]15:00[開始時刻]14:30
会場
毎日江﨑ビル9F 江﨑ホール
WEB配信
WEB配信あり

2024年カリキュラム CURRICULUM

タイトル 講師

01/13新春!日本の政治展望前田浩智氏

02/24ロシアはどこへ行くのか大木俊治氏

03/013月は休講となります。 
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04/06現地で6年半暮らした元エルサレム特派員が語るイスラエル・パレスチナ紛争の本質大治朋子氏

05/18日韓関係の改善は本物なのか澤田克己氏

06/15宗教と政治を追う坂口裕彦氏

タイトル 講師

07/13パリ五輪みどころ講座企画中

08/10特攻と日本人企画中

09/21日本の教育問題企画中

10/26毎年恒例!数独の世界数独協会

11/16米国大統領選後の日本と世界企画中

12/21SDGs最前線企画中