与良 正男

2019年を占う 新春!熱血政治談議

与良 正男 氏

毎日新聞 専門編集委員

1957年生まれ。1981年毎日新聞社入社。長く政治取材に携わり、論説副委員長を経て2014年から専門編集委員。社説や夕刊コラム「熱血!与良政談」を担当している。早稲田大学大学院客員教授、文部科学省「『熟議』に基づく教育政策形成の在り方に関する懇談会」委員等を歴任。TBSテレビの「Nスタ」や「サンデーモーニング」、毎日放送(MBS)の「VOICE」などの報道番組でコメンテーターを務める。

劣化する政治。民主政治が壊れつつあるという危機感。

 私は浜松市出身で、磐田南高校、「バンナン」を卒業しています。バンナンが通じる静岡でお話しできることをうれしく思います。
 新聞記者になって38年。そのうち1989年から現在まで東京本社政治部で政治記者を務めてきました。一方で、数年前まで『朝ズバッ!』という番組に7年間出演していました。静岡では放送されていませんが現在もTBSの夕方のニュース番組『Nスタ』に火曜日と金曜日などに出演しているため、コメンテーターと思われますが、私は毎日新聞の社員、62歳の今も現役の記者です。その視点から、今日は政治を中心にお話したいと思います。

 30年間の記者生活で感じるのは、年々政治が劣化している、民主政治が壊れつつあるという不安、あるいは危機感です。
 アメリカもイギリスもフランスも政治的混乱が続いているため、日本はまだまし、と思っている人がいますが、身近で国内政治を見ているとそうは思えません。

毎月勤労統計の調査で不正。失業や労災の手当が減った。

 たとえば、厚生労働省が行う毎月勤労統計の東京分調査における不正統計問題。「不適切な調査」と表現するメディアもありますが、間違いなく「違法行為」です。

 全国平均の賃金が今どんなレベルにあるのかを調べる毎月勤労統計は、調査対象が全国の各事業所で大変な数になります。そのため500人未満の中小企業についてはサンプルを抽出し、統計的な処理で全体の傾向が分かるようにします。500人以上の大規模事業所は全調査が決まりです。

 ところが、厚労省は十数年間、嘘をついていました。
 東京都の500人以上の事業所は約1500。そのうち500程度、1/3しか調べていなかったのです。ならば調査データを3倍にするといった統計上の処理をしてもよさそうなのに、それもしていませんでした。するとどうなるか――。

 全国的に見て比較的高い東京の賃金を全国平均に反映していなければ、その数値は当然低くなります。賃金平均は、雇用保険や労災保険などに反映されますから、平均賃金が低ければ、失業手当が低くなる。それが十数年間続いた結果、本来受け取れる雇用保険をもらえなかった人が2千万人いると言われています。
 今後請求して返ってくる金額は平均して1人1500円だそうです。たかが1500円と思ってはいけません。そんな人が2千万人もいるのですから。
 労災保険となると平均で1人9~10万円、もらえるはずのお金がもらえなかった計算になるそうです。

 政府は「今後追加してお返ししますから申請して」と言っていますが、該当する人は失業を証明する書類を集めて提出するなど大変な困難を強いられます。

平均賃金の伸び率にも誤り。アベノミクスの成果にも疑問が。

 さらなる問題は、実際の1/3しか調査しない方法が続き、それを3倍にする統計上の処理もしていなかったのに、昨年1月、統計処理をしたと政府は突然言い出しました。その前の年までは統計処理をしないため、低かった賃金平均が昨年1月から突然高くなる。つまり、賃金の伸び率も突然上がるわけです。その数字をもって厚労省は「前の年と比べて賃金平均は3.3%上がりました」と21年数カ月ぶりの大幅な伸び率を公表し、安倍さんも「アベノミクスは賃金を上げています」と胸を張った。今のところ首相が嘘をついていたとは言いませんが、この伸び率を利用していたのは間違いない。正確に数字を計算したところ、3.3%は2.8%に修正され、20数年振りの大幅増ではありませんでした。数字を利用した結果、偽装のような感じになってしまったわけです。

 なぜそんなことが起きたのか。厚労省は急きょ調査委員会を作り、わずか1週間で結果を発表しました。しかし、その内容は厚労省職員の言い分をそのまま認定しているだけ。しかも、調査対象の60数人は実は延べ人数。同じ人に3回聞いたのもカウントし、実際は20数人にしか聞いていなかったのです。そして不正の理由は「不正と分かっていたが、たいした違いはないと漫然と続けていた」。要するに、ぼおっとしていただけだったというわけです。

 そもそも勤労統計の調査は、都道府県に「こういう調査をしてください」と丸投げしているだけなんです。さらに都道府県も、調査を民間委託しているところがほとんど。厚労省は全部調査しなければいけないのに、なぜ減らしたかは言わずに、調査結果の言い訳として「東京都から数が増えて面倒くさいという苦情があったから」と人のせいにしている。さすがに東京都は、そんなことは言っていないと怒りました。

さらに深刻な問題、疑惑をはらんでいる……

 隠蔽が組織的だったかも重要な問題ですが、マスコミはここに少しこだわりすぎです。この種の話は組織的なんです。1人で行えるはずはないし、課や部が長い間、漫然と放っておいたのだから、これはもう組織的。それより僕はなぜ違法と知りながら行ったかを知りたかった。が、さっぱり分からない。

 その前に何らかの不正があり、それをさらにごまかすためにやった可能性を毎日新聞は指摘しました。検証しないと分かりませんが、一度嘘をつくと、その上塗りが必要になるという典型かもしれません。

 もっと悪意にとらえると、不正が始まった2004年は今より不況で倒産件数も多かった時期。すると増える雇用保険の支出を抑えたかったのかもしれない。雇用保険は税金ではありません。役人の金でもなく、自分の懐が痛むわけでもない。労使折半で出している「人の金」。本当に額を減らそうと思ったのかどうか。

 賃金の伸び率をめぐっては、こんな疑惑も拭えません。アベノミクスの成果として利用しようとしたのではないか。そのために偽装しようとしたのではないか。それは誰かの指示だったのか、それとも厚労省の現場の忖度だったのか。そうでも言わないと説明がつかないのです。

 さらに我々も野党もどんな企業を抽出したのかについて資料提出を求めていますが、「ない」と言う。得意技です。今はデジタルデータがあるはずなのに、それすらも出せない。となると、抽出方法も恣意的だった疑いがあるわけです。

 今ひとつ、森友事件を思い起こしてください。役人や政治の世界は責任を下に押しつける。結果、文書を改ざんさせられていたらしい下の職員は自殺したわけです。事は深刻です。

 深刻さはそれだけではありません。ヨーロッパ全体の経済危機だと大騒ぎになった、ギリシャ経済危機を思い出してください。あの発火点は、ギリシャが財政赤字を隠す虚偽の数字を出したことが発覚し、じゃあ、あれも嘘うだろう、これも嘘だろうと信用を失った。その結果、ギリシャ売りが始まり経済危機に陥った。
 今回の統計問題も、それがきっかけとなって日本売りが始まるかもしれないのです。特に今のマーケットは貪欲。大投資家たちが一斉に「日本を売っちゃえ」となりかねないのです。

権力を抑制して使うのが民主政治。しかし逆を行く政治情勢。

 文書で重要なのは客観性、公正さ、恣意的でなく忖度などを反映してはいけないこと。この当たり前すぎることが、今の政治に欠けている。冒頭で口にした「危機感」の一端です。

 僕は若い官僚もよく知っていますが、彼らは天下りしたくて入っているわけではない。社会福祉に役立ちたいから厚労省に入ったという、やる気のある人が大勢います。だけど組織の中です。自分たちを守る、責任を取らないという無責任体質で、まさかここまではやらないだろうと思うことを平気でやる様子を彼らは見てきている。それもまた危機です。
 安倍さんが強い、安倍政権はしばらく続くと皆が思っているから、逆らってはいけない意識が強くなる。さらに官邸機能強化の名目で、制度的にも官邸の権限が強くなりました。ただし、それを使うかどうかは本人次第。本人が権力を抑制するかしないか。安倍さんは権力は使うもの、日本のためだと本当に思っているように見えます。せめて10日に一度くらい、自分が正しいかどうか自問自答してほしいと思います。権力というのは抑制するもの、権力者が自分の力を極力抑制して使うのが民主政治だと思ってきましたが、世界的にはそうではないらしい。まさに強い危機感を感じています。

数が強調されすぎる、という危機感。

 辺野古の問題をめぐる県民投票は成り立つでしょうか。僕は県民投票をすればいいというものではないと思います。イギリスを見れば分かります。EU離脱か否かの国民投票は、その後始末もつかずに混乱が続いています。世論を大事にするのは当然ですが、世論が常に正しいとは限らない、民主政治の難しいところです。

 ドイツは、首相が簡単に解散できないようになっています。選挙を頻繁にやらない方がいいと思っているんです。ナチスドイツはクーデターで政権を取ったわけではなく立派な地方政党として選挙のたびに勝って議席を増やし、圧倒的多数を得ている。その反省が戦後のドイツにはあるんです。
 選挙結果がいつも正しいとは限らない。今の日本は、数が強調されすぎています。すべてを安倍さんに委ねたわけではないのに、1議席でも勝てばすべてを委ねられたというふうになってしまう。

 憲法改正の国民投票も1票でも勝てばいいんだと。でも、それは違うと思います。少なくとも憲法改正の国民投票は7、8割が賛成しないと対立を招くだけ。大阪都構想の投票も対立を招いただけです。国民投票や選挙は、それだけ難しいのです。

人々の政治への無関心にも危機感が。

 オバマ前大統領は、インターネットで賛成・反対の署名が20万人分集まればホワイトハウスは必ず返事を出し、対応もするという仕組みを作りました。素晴らしいと思います。

 同様の仕組みを使って、日系三世のハワイの人が辺野古問題を世界の人に呼びかけました。それに対して、タレントでモデルのローラさんが署名し、自分のインスタグラムで「美しい沖縄の埋め立ては、皆の声が集まれば止めることができるかもしれないの」と書きました。これには感動しました。ともすれば「タレントが何を!」と言われかねない風潮があるなか、自分の意見を発信したのです。

 むしろ私たちの方が、日頃政治の話をしなさすぎる。「近所で政治の話をすると嫌われる」という声もあり、若い人だけでなく40代、50代でも政治に関心をもたない人が大勢います。それだけ経済的に恵まれているんです。
 で、政治のことはすべて政治家に委ねてしまう。それが安倍さんの高支持率の背景だと思います。もちろん他に人材がいないとか、野党がだらしないからだと言う人もおり、その通りですが、一番の原因には人々の政治への無関心があると思います。

 関心をどう高めていくかが、私の今後の仕事だと思っています。既に多くの場所に出かけていっています。女子校で授業をやったりもしています。すると皆、とても知りたがっている。普段、知る場がないのです。
 ドイツで小中学校を過ごした帰国子女の女子高生の話は印象的でした。ドイツの学校では、政治的な話でも他の話でもクラスで自分の意見を言わないと、先生はもちろん友だちも評価してくれない。ところが、日本に帰国して同じことをしたら嫌われた、変わり者だと言われた。彼女が変わり者ではない世の中にする。それが私たちの役割であり、そのプラットフォームが新聞だと思っています。

人々が政治を日常的に語り合うことこそ、危機を乗り越える力。

 言論界も大変です。危機感を感じています。『新潮45』という言論誌が廃刊になりました。きっかけは記事をめぐる問題ですが、その背景にあるのは雑誌が売れていなかったこと。メディアは売れなくなると公平・公正・忠実に多くの人を対象とするのではなく、ターゲットを絞ります。たとえば中国や韓国はけしからんと毎回のように載せると、それを読みたい人が必ずいて、売れる。そうした記事を読むのは、気持ちいいという読者が多いんです。
 同様に、過激な記事を載せて実際に売れ、その内容が原因で廃刊になったのが『新潮45』です。
 読んで気持ち良ければいいという風潮が世の中全体に広がりつつあります。僕が毎日新聞で担当するコラムも、白黒をはっきりさせ、けしからんと単純な見出しを付けたときはアクセス数が増えます。その罠に、はまってはいけない。公正さや事実、客観性を保つ最後の砦は、紙でもネットでも新聞記者だと自覚しています。
 その時に大事なのが面と向かって話し合うこと。皆さんも自宅や近所で「あの統計おかしいよね」「強引すぎない?」といった部分からでいいですから、政治の話をしてほしい。
 それが当たり前の世の中にすることこそ、現在の危機を乗り越える大きな力です。時間はかかります。民主主義はすごく面倒くさいです。だから中国みたいにすれば選挙がなく、決定が早くて合理的だ、という声が出ています。まさに民主主義の危機です。